The Long Goodbye

Raymond Thornton Chandler

村上春樹の翻訳したハードボイルド

レイモンド・チャンドラーの小説は高校生のときに読んで心酔してしまった記憶がある。あれから暫らく経って、こよなくチャンドラーを愛好している村上春樹が翻訳して2007年3月に大都会の孤独と死、愛と友情を謳いあげた永遠の名作を「完訳版」として鮮やかに蘇らせたのだった。村上春樹も何度も繰り返し読んだらしいが、どうして読み飽きることがなかったのだろう。


男にとってハードボイルドは宝物のようだ

ジェームズ・ボンド007はいつまでもショーン・コネリーだった。同じように、フィリップ・マーロウ(Philip Marlowe)は、レイモンド・チャンドラーが生み出したハードボイルド小説の探偵だが、ずっと我輩の心に棲み続けた。それは男として生きていくモラルのような存在だったと記憶している。

書かれる内容はシニカルなものも多く、社会に、女に、カネに、男に、意気地に、あらゆるものに対しての世界観が尖ったナイフような切れ味で心地よかった。

ハードボイルドが読まれた時代があった。今よりもっと野蛮で軟弱な生き方を拒否した時代だった。ギムレットやマティーニ、バーボンが飲まれた。ハードボイルドは男のドパミンを分泌させる中毒性の作用があり、中毒者はボギー(ハンフリー・ボガート)を気取った。危機に陥った時、それをものともしないような軽口を叩くことができるだろうか。日常の中で怒りと失望を以って毒づくことを忘れていなければまだ間に合うかもしれない。

シニカルな台詞が気に入ったので書いておこう

我々はデモクラシーと呼ばれる成体の中に生きている。国民の多数意見によって社会は運営されている。そのとおりに動けば理想的なシステムだ。ただし投票するのは国民だが、候補者を選ぶのは政党組織であり、政党組織が力を発揮するためには、多額の金を使わなくてはならない。誰かが彼らに軍資金を与える必要がある。そしてその誰かは──個人かもしれないし、金融グループかもしれないし、労働組合かもしれないし、なんだっていいのだが──見返りに気遣いを求める。

新聞がやっているのは、人がやっと手にしているプライバシーに絶え間なく脅威を与えることだ。連中は何かといえば報道の自由を標榜するが、その自由とはごく少数の高尚な例外をべつにすれば、醜聞や犯罪やセックスや、薄っぺらな扇情記事や憎悪やあてこすりや、あるいは政治や経済がらみのプロパガンダを世間にばらまくための自由に過ぎない。新聞というのは、広告収入を得るためのただの入れ物商売なのだ。広告収入は部数によって決定されるし、部数が何によって決まるかは知っての通りだ。

金というのは奇妙なものだ。まとまった額になると、金は一人歩きを始める。自らの良心さえ持つようになる。金の力を制御するのは大変に難しくなる。人は昔からいつも金で動かされる動物だった。人口の増加や、巨額の戦費や、日増しに重く厳しくなっていく徴税──そういうもののおかげで人はますます金で左右されるようになっていった。世間の平均的な人間は疲弊し、怯えている。そして、疲弊し怯えた人間には、理想を抱く余裕などない。家族のために食糧を手に入れることで手一杯だ。この時代になって、社会のモラルも個人のモラルも恐ろしいばかりに地に落ちてしまった。内容のない生活を送る人間たちに、内容を求めるのは無理な相談だ。──THE LONG GOODBYE / RAYMOND CHANDLER(訳:村上春樹)より引用

ロンググッドバイ
村上春樹のハードボイルド

村上春樹チャンドラーの『さよなら、愛しい人』(2009年4月)、『大いなる眠り』(2012年12月)などハードボイルドの翻訳は数多い。スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・カーヴァー、トルーマン・カポーティー、ほか多数の作家の作品を訳している。個人的には翻訳の方の本が好きである。

矢作俊彦

矢作俊彦劇画で昔よくお世話になった。気の利いた台詞や詩の引用が洒落ていた印象が強い。「真夜中へもう一歩」、「リンゴォ・キッドの休日」、「傷だらけの天使 魔都に天使のハンマーを」、「マイク・ハマーへ伝言」、「マンハッタン・オプ」などハードボイルドが満載。

THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ 矢作俊彦

矢作俊彦1977年 長編小説『マイク・ハマーへ伝言』で、日本人ばなれしたスタイリッシュな、ハードボイルド小説の旗手として、注目を集める。漫画家谷口ジローとも、「マンハッタン・オプ」シリーズや、共作漫画『サムライ・ノングラータ』などでコンビを組んでいる。

村上春樹訳「THE LONG GOODBYE ロング・グッドバイ」

村上春樹訳「THE LONG GOODBYE ロング・グッドバイ チャンドラーの原文を余すところなく忠実に解釈した完訳版 。 さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ。 チャンドラーの比喩のための比喩、なくもがなの能書き、無用な(社会のあり方を批判する)長広舌、独特の屈折した言い回し、チャンドラーの繰り出すそういうカラフルで過剰な手管に、僕は心を強く惹かれてしまうのだ。 (訳者あとがきより)

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